その劣等感、いつから感じてますか?

亜澄(あすみ)です好
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今日はちょっと長文になりそう。

 

わたしは、

結婚できない自分、彼氏もいない自分」は

生きてる意味がない

ぐらいの勢いでずっと×をつけていました。
そして、こんな風に
○○であれば勝ち組な自分
○○でなければ負け組な自分
というセルフジャッジを
大昔から自分がやってたことに気づき、
超・衝撃だったんです(笑)
✳︎

 

昨日、

いつもの語り仲間に教えてもらった

フリーライターさえりさんのこちらの記事。
「劣等感」についてとてもよく書かれていて
ぜひみんなにも読んでほしい
↓抜粋
まわりがやたらと「良く見える」のと、
まわりがやたらと「バカに見える」のは、
全然違うことのようで
実は一緒なんじゃないか、とわたしは思う。
(中略)

結局のところ、

自分を正しく捉えられていないのだ。

周りばかり見て、

自分自身をまっすぐに見つめられていない。

誰かと比べて、

誰かをやたらと上げたり下げたりするのは、

結局のところ劣等感から自分を保つための

防衛反応のひとつなのだろう。

どうでしょうか?
これを受けて…
わたしはどちらかというと
「周りを下げる」ことで
自分を保つタイプでした。
(あー書くの恥ずかしい…)
ちょっと順番に振り返ってみます。
✳︎
私はいわゆる「お受験」をして、
国立大学附属の小中学校に通ってました。
公立学校ではやらないような
ちょっと特別な授業を受ける自分たちは
特別な存在なんだと低学年頃から
思うようになりました。
小学生なのに制服を着て、
学校指定の黒いランドセルで
電車通学をする特別な自分。
私服で歩く公立の小学生と
すれ違うたび、
私は優越感に浸っていた。
この時、わたしは「勝ち組」でした。
✳︎
エスカレーターで中学にあがると
クラスの半分は外部から
受験で入ってきた子たち。
可愛かったり、あか抜けていたり
コミュ力が抜群に高かったり。
彼ら、彼女たちはなんだか
キラキラ輝く子が多かった。
何よりも、
「地元の学校を離れて未知の世界に進む」
という私にはとてもできなかった
大きな決断をした、
とても勇気のある子たちだった。
そんなキラキラした子たちには
到底かなわない。
表には出さなかった(と思う)
けれど、「公立出身のくせに…」
と心の中で蔑むことで、わたしは
必死で自分を保っていました。
(サイテーすぎる。笑)
だけど、「個人として輝きを放つ」
彼らに敵わないわたしは、
クラスの中ですぐに
「残念な女子」の位置づけになった。
ここでは私は「負け組」だった。
✳︎
同時に、中1から通い始めた地元の塾。
生徒の大半は
近くの公立中学に通う子だった。
そこにもやっぱり
可愛い子、あか抜けた子、
キラキラした子がたくさんいた。
ぶさいくでダサくて
言動もちょっとずれていて、
「リア充中学生」からほど遠い私は
そこでは必死に
「国立中学に通う私」をアピールしていたし
塾の中で常に成績1位でいることで
自分を保っていたように思う。
✳︎
わたしの小中には
系列の高校がないので、
中学を卒業すると自動的に
表の世界に放り出されることになる。
「国立大附属」という
大きな大きなアクセサリーを
失うことがわかりきっていて
全く受験にやる気がなかった私は、
確実に入学できるレベルの公立高校を選んだ。
公立高校。
トップ校より5ぐらい低い微妙な偏差値。
何もかも自分で選んだくせに、
自分がそこに通う、という現実を
受け入れられなかった。
そこでもやっぱり「国立中学から来た私」を
必要以上にアピールして、
自由に選べる鞄はわざわざ
中学の時の指定バッグを持ち、
「みんなと違う私」
必死にしがみついた。
✳︎
大学受験もやる気なし。
またまた、確実に合格しそうな
無難なところを選んだ。
高校と同じく、
限りなく微妙なレベルの大学だと
わたしは思っていた。
「国際文化学部」という響きは
オシャレでかっこよくて
好きだったけど、
「その大学に通う自分」は
最後まで認められないままだった。
✳︎
過去の栄光?にしがみついたり
私はたまたまここにいるけど
他のみんなとは違うの!
と必死になったり。
一番恥ずかしいのは私だった。
結局、どこにいたって
そこにいる自分をあっけらかんと認め、
目いっぱい努力したり
やりたいことをやってる子が
一番輝いていた。
その人たちは言い訳なんかせずに、
自分の身ひとつで
人生を楽しんでいる感じがした。
彼らはとてもカッコよかった。
✳︎
こんなに昔から
ずっとずっと続けてきていた私の悪習慣。
こびりついたクセを
変えようとしてるんだから、
中々できなくて当たり前だったんだ。
でも、もうそんな自分は卒業する。
これからは
肩書きや組織、持ち物などなど
アクセサリーなしの自分を
ひたすら認める時代がきました。
気づくたびに、裸の自分を
受け止めていこう。
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亜澄(あすみ)

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