やりたいことは、悩みながらでも食らいつけばいい。
わたしの憧れモヤモヤシリーズ、(やっと)最終編です!
長くお付き合い頂きありがとうございます
(これまでの記事♡)
⇒○○な人に憧れてきた①〜前置き編〜
⇒○○な人に憧れてきた②~音楽編~
⇒○○な人に憧れてきた③〜バレエ編〜
そう、わたし、憧れる対象や、やりたいことが多すぎたんです。
テニス、英語、楽器、バレエにダンス。
更には中国語、タイ語、ボーカル、そして絵も。
(絵は自分が褒められてきたほうだったので「描ける人に憧れる」ことはなかったけど、
素敵な絵を見ると「自分もああいうのが描きたいなぁ、技術上げたいなぁ」と、思ったり)
やってみたいことが多すぎて、
アレもやらなきゃコレもやらなきゃ
でもコレをやるとアレが出来なくなるのでは?
お金も時間も足りないのでは?
そもそも、わたしはそんなことをやってる場合なの?
一番やるべきことは、何だろう…。
そんなことを考え続けてぐるぐるぐるぐる、行動できない日々が続きました。
大学の頃はとにかく英語に必死だった。長期留学や海外移住への未練もあった。
社会人1年目になってやっと、念願のバレエを始めた。
何十万もかけて絵の学校にも2か所通ったし、それとは別にデッサンも習ったし
社会人4年目で、ボーカルも習い始めた。
そして最近は通っているバレエ教室でベリーダンスも始めてみた。
⇒ベリーダンスで内側から解放する♡
とにかく、
指をくわえてるだけじゃ始まらない!このモヤモヤを解消しなければ!と
ひとつひとつ向き合って、お金をかけて「消化」しようとしていたのです。
けれども始めたら始めたで思ったよりも情熱が続かなかったりして、今度は通うのが心の負担になってしまって。
結局わたしは何がしたいんだろう?と思ったりもした。
(更に、恋愛でコケて落ち込むとこれらのことが一切できなくなるんですよね。。。)
*
やりたいことが沢山あるのは、結局「自己価値の低さをカバーするため」なのだろうか。
自己肯定感を高めていけば「存在するだけで素晴らしいわたし」になれるから、色んな習い事や勉強に手を出さずに済むんだろうか。
そう思ったこともありました。
でも実際に自分と向き合ってきて、自分を愛することの意味が今、分かりかけてきて
やっぱりそれだけじゃないかも、とも思うのです。
スタートは確かに「何も持ってない自分」に何かを足してあげたい、必死な気持ちだったかもしれない。
けど、大好きな動画を繰り返し繰り返し見ていたときの、特別なドキドキ感だったり
出来ないことが出来るようになった時の嬉しさだったり
ピアノを弾いたり、皆の前で歌ったり、鏡の前で踊ったりしているとき
やっぱり、そこには純粋に「好き」という気持ちがある気がするのだ。
この世界観が好き。
これをやってるわたしが好き。
辞めたくない!
と思う、そんな気持ち。
*
わたしは、「本当に好きなことなら続けるかどうかで悩まない」のが普通で、正しいことだと思っていた。
めんどくさくなったり他のことに気を取られるんだったら、それはわたしが「本当にやるべきことではない」んじゃないかと思っていた。
やりたくてやりたくて、ついにやってみて、なのに面倒になってやらなくなって、でも離れてみたらやっぱり恋しくて…。
いつもいつも、この繰り返し。
だけど最近、「悩みながら続けたっていいじゃん」と思うようにしたんです。
そしたら何だか、ふぅーっと楽になったかんじ。
やってみたい気持ち、続けたい気持ちがあるんだから仕方ない。
全部あきらめたくない。
仕事に繋がることでも、そうじゃなくても
好奇心のアンテナに引っかかったことは、悩みながらでも食らいついて、死ぬまで(飽きるまで?)続けていきたい
と思ったんだ。
心の中の「もうひとりのわたし」が満足してくれるまで。
一度辞めて、また何年かして戻ってきたっていいのだから。
* * *
以上、憧れモヤモヤに対するわたしの長い長い想いを語らせて頂いたシリーズでした。
それなりに、ちゃんと気持ちを記事にぶつけることが出来たかなって思います
お付き合い頂き、ありがとうございました
Asumi
————————————————-
▼HPは こちら♡
▼こだわりギャラリー、みてね♡ 猫やイラストもアリ。