自分を責めたほうが良い時。

亜澄(あすみ)です好

 

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何度かにわけて、

お爺ちゃんのお葬式に北海道へ行った時の
話を書いてきました。
「親族の集まり」という恐怖の塊に
敢えて飛び込むことで、
どんな冒険があったか、
どんな感情デトックスがあったのか、
そして
どんな風に「内側の自分」とまたひとつ
仲直り出来たのか、書いてきました。
ここまで読んで頂いて、
こう思った方はいらっしゃいますでしょうか。
あの…
お爺ちゃんが亡くなったことは
全然悲しくないんですか?( ゚д゚)
はい。( ´ • ω • )
これは、私が自分自身に対して
ずっと思ってました(笑)
まぁ、なんていうか…
すっごく長生きしたっぽいし(享年91歳)
老衰という何ともめでたい亡くなり方だったし、
中2以降はろくに会ってなくて、
最後に会ったのも6年前だった。
そんなお爺ちゃんがなくなったとしても
私の実生活に全く影響はないわけで。
「いた人が、もういない不思議」
みたいのはずっと感じていましたが、
あんまり泣ける感じではなかったのです。
お葬式中、最後にお花を手向けるシーンなどはさすがにじーんときたけど、
それよりも
「泣いてはいけない」という気持ちが強くて
(母親や親族と一緒に感傷モードになりたくなかったんですよね…)
故人の唯一の孫だというのに、
私はかなり淡々としていました。
それで、周りの知らない親族たちから
「なんて恥知らず(?)な子だろう」
みたいに思われてるんじゃないか…って
内心、勝手にビクビクしたりね(笑)
感傷に浸るよりも、
ひたすら早く帰りたかった(笑)
それで実際、私だけ1日早く帰ることに
したんですけどね。
丁度いいやと思って、
彼に家に直行して泊まることにしたんです。
苦手な旭川から大好きな神奈川県に帰ってきて、一気に見慣れた景色になった。
疲れ果てて混雑した南武線に乗りながら、
だけどいつもは嫌いな人ごみも、
混んでる電車も
なんだかすべてが愛おしく思えました。
そしたら突然、
ああ、お爺ちゃん死んじゃったんだな…
と涙が出てきました。
北海道では目の前の問題に
ずっと気を張っていたから出なかった涙が、
安心できる場所に帰ったとたん、
止まらなくなりそうだった。
電車の中だったので
上を向いて必死で我慢(笑)
それでも何筋も涙が流れていきました。
そして彼の家に行って、ごはんを食べて
ほっと一息ついた後。
今度は本格的に号泣しました。

 

 

 

そしてここで初めてこの涙の原因が、

罪悪感だと気が付きました。

 

 

 

死んじゃう前にもっと会いに行ってあげればよかった

ろくに電話もしなかった

家族が苦手、親戚が苦手、

お年寄りが苦手だからと

遠ざけてばかりいた

 

たまに電話で話しても、早く終わらせたくて

かなり適当に話を流していた

 

 

お爺ちゃんは、あんなに愛してくれていたのに

あんなに色々してくれていたのに

 

 

きっと私に気を使ってたから

会いに来てほしいとも言わなかったけど、

本当は寂しかったんじゃないかな

 

本当は、他の家の「幸せなお爺ちゃん」みたいに

 

孫に慕われて、仲良くして、

にぎやかに過ごしたりしたかったんじゃないかな

 

 

わたしはなんてひどい孫だったんだろう

 

もう死んでしまったから何もできない

 

もう何も出来ないんだ…

 

棺の中でお花に囲まれたあの顔を思い出しながら、

 

「死んでしまった」

 

「もう何もしてあげられない」
と考えるごとに、苦しくなりました。
*
悲しみながら、頭の半分では
「いやいや、これ私の妄想でしょ」
「孫がいなくても幸せだったかもしれないじゃん」
「お爺ちゃんの余生の過ごし方はお爺ちゃんの自由。」
そんな考えが浮かぶ自分もいました。
でもこの時は、これらの言葉が全然こころに入ってこなかった。

 

 

というか、これらの言葉で無理やり自分を納得させようとしたって

 

 

それはただの感情の抑圧になるな、

 

とすぐに気が付きました。

 

だってこの時の私は、
思いっきり罪悪感を感じて
自分を責めたかったのだから。
だから、色んな考えは放っておいて、
とりあえず好きなだけ、
自分を責めて泣きまくりました。
泣いても泣いても浮上してくる
罪悪感の塊を、ひとつひとつ丁寧に感じて
涙を流して、処理していきました。
そしたら、翌朝はスッキリ。
やっぱり中途半端にポジティブにならずに
想いっきり自分を責めといてよかったなと思いました。
*
思う存分心行くまで自分を責めたけど、
これって以前の無意識にやってた自分責めとは別物です。
なんというか、
大きな大きな安心感の中で、
絶対大丈夫だって分かった上で自分を責めている感じ。
この感覚、分かりますか?
絶対的に守られてる中での落ち込みです。
この感覚がもっと掴めてきたら、
きっともう怖いものはないんじゃないかな。
私の今回の経験が
皆さんのヒントになれば幸いです。
亜澄(あすみ)
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