努力するのは何のため?

こんにちは、Asumiですクローバー

 

 

 

過去のらくがきから♡

お皿部分に本物のスイーツとか載せて撮ったらかわいいんですよ♡笑

 

 

 

 

 

カウンセリングを開始したころ、有名占い師のごとく見事に言い当てられたことがありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あすみさん、自分を高めようと努力するタイプでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずばり・・・・その通り。でしょう。

 

 

 

 

 

私は多分自分で意識していた以上に、色んなことを頑張っていました。

 

少し長くなるのですが、中学の時のお話からさせてください。

 

 

* * *

 

私の通っていた中学校には、すごい奴らがいっぱいいました。

「一年生で唯一、上級生と一緒にダブルス出場するほどテニスが上手なオーストラリア帰りのイケメンくん」

「スイス生まれフランス育ち、ピアノが弾けるおぼっちゃまイケメンくん(しかもサッカー部)」

「可愛くて英語ができて音楽の才能がある人気者女子」

「顔よし、スポーツ万能、頭もよし、コミュ力最強クラスのリーダー女子」

こんな人たちがごろんごろんしていました。
まだまだ例を挙げればきりがありません。

国立なのでそもそも頭のよい人が多かったのですが(←私は小学校からのエスカレーターなのでそうではない)、

入試に帰国枠があったので、クラスに必ず5人は帰国生がいたし

帰国生扱いでなくても海外在住経験ありとか、英語が出来る人はたくさんいました。

中学2年の社会科で「イラク戦争を防ぐことは可能か」という議論を全員で行った際に、

時事ネタや世界情勢にやたら詳しくて、完全に自分の言葉で熱くディスカッションをしあう中2が何人もいたのです。

 

作文で何度も入賞する人がたくさんいるのも当たり前。

プレゼン能力が高い人がたくさんいるのも当たり前。

そんな学校でした。

 

対して私は帰国生でもなければ時事ネタに強いわけでもなく、

習い事も小3までで全てやめてしまったので、特技と言えるものもなく。

(絵はたぶん普通よりは上手だったけど、なんだか絵って冴えないし、特技のうちに入らないと思っていました)

リア充たちとは交われず、お顔も壊滅的に残念で、コミュ力底辺。

 

常に教室の隅っこ族。

(逆に挙動がおかしくて変に目立ってる時もあったかも…)

 

あぁ、私は空っぽだなぁ。とんでもなく醜いなぁ。といつも思っておりました。

 

 

高校に上がったら、今度はバレエやダンス、楽器が出来る人たちがたくさんいた。
(と、いうよりそういう人たちにやたら目がいった)

 

中学のころとはまた違った種類のキラキラした人たちがたくさんいました。
自分を醜いと思う気持ちは少し減ったけど、空っぽだなぁ、という思いは強くなっていきました。

 

学ばきゃ。成長しなきゃ。空っぽの私に、できるだけたくさん「いいもの」を詰め込んでいかないと。

 

そう思って大学の時は色々やりました。

そんなに長くはなかったけど、念願の留学に行きました。

誰よりもバイトに入ってお金を貯めて、世界の国々をたくさん見てきました。

学年が上がり語学が必修科目ではなくなっても、私は英語も中国語も取り続けていました。

みんなが週4、週3と授業を減らしていっても、私は週5で通っていたのです。

そして社会人になったら、仕事とは別に国際交流のボランティアに入りました。

そこで100人規模のイベントのリーダーを2回やり、こまごまとしたイベントの運営や事務作業、ミーティングの参加など。

仕事でぼろぼろになりながらも、プライベートの時間を割いてやっていました。

そしてずっとやりたかったバレエに通い始め、

絵の学校に通い、卒業した後は同期の中でリーダーとなって卒業生で行うイベントの運営にまわり。

一昨年からは、これもずっとやりたかったボーカルを習いはじめ。

英語は電車の中や歩いている途中など、時間を見つけてやっていました。

中国語もちょこちょこ文法などやっていました。

 

やりたいことがたくさんあって、ぜんぶ効率的に吸収して自分のものとしたいのに、

 

詰め込みすぎのガチガチスケジュールにどうにもやる気が出なかったり、体調を崩したりしてうまくいかない。

全然身についている気がしない。

うまく行く気がしない。

 

そして、いつもの「趣味」の自己嫌悪。

 

 

そんな日々が何年も、続いていました。

 

そしてこのブログでお伝えしたとおり1年前に恋愛で見事にこけて、何もできなくなったわけです。笑

* * *

そのカウンセラーさんは私に質問しました。

 

「あなたが今回の失恋をした直後に、自分で自分の評価をしてみたと想像してください。
0点から100点の間で言うと何点でしたか?」

 

 

私はちょっと考えて答えました。

 

 

 

0から100と言われたのに、口からでた答えはマイナス1000点。

 

 

(しかも言ってから、「あぁこれじゃ高すぎるな、マイナス1万点くらいかな…」と思いました。。)

 

カウンセラーさんは言いました。

 

 

あなたは自己評価がものすごく低いから、何とかしてそれを埋めようとして色んなことを頑張ってきたんです。

 

だから普段の自己評価は、実はそこまで低くない。頑張っている分水増しされて、たぶん30点か40点くらいにはなっているでしょう。

でもそれは、『これを頑張っているから』という条件つきの評価なんだ。

失恋直後というのはその条件がすべて外れる。

つまりあなたは心の底では自分のことを、常に『マイナス1000点』だと思っていたってことなんです。

 

これにはものすごく納得しました。

 

そうか、私は自分が空っぽだから、それを埋めようとして頑張ってきたんだなぁ、とはじめてここで気づいたのです。

それまでは、努力は必須だと思っていた。

留学から帰った後に英語をやらなくなってしまう人など見ると、「なんてもったいない」と軽蔑していた。

私は努力しているから偉いんだ、努力していないと意味がないんだ。

いつも努力している自分が好きだ。

と、思っていました。

* * *

また、私にはこんな友達がいます。

その人もたいそうな頑張り屋さんでした。

仕事では正社員になるために日々頑張る。

私と同じように、仕事外のイベントでリーダーをこなす。

小さいころからの習い事も続ける。

そしてなんと働きながら通信教育で慶応大学も卒業してしまいました。

 

だけどその人、「楽しいからやる」の意味が分からなかったそうなんです。

 

その感覚が全くわからなかったんだとか。

 

私と同じ、もしくはそれ以上に「戦わなきゃ、やらなきゃ。こんな自分をなんとかしなきゃ。」で行動していたそうなんです。

 

でもそんなことを続けていると、やっぱりいつか、体や心から「ええかげんにせえやっ!!」と怒られてしまうんですよね。

 

体調不良とか、精神的に落ちてしまうとかのサインとなって。

 

欠乏感、無力感からの「楽しくない努力」はいつまでも続けるべきではないのです。

 

※ちなみに今は、色々悩みながらもちゃんと前進されています。楽しむこと、前より出来てるみたいです!

 

 

でも、でもね。

 

 

 

じゃあ、私たちがやってきたこと、無駄だったんでしょうか。

 

 

本当に自信がある人は「私は私のままでいい」って思える人なんだといいます。

 

 

私たちもそこを目指すべきだとすれば、これまでやってきたことは何だったんでしょうか。

 

だいぶ長くなってしまったので、続きはまた明日、記事にしたいと思います!

 

お読み頂きありがとうございました。^^

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Asumi

 

 

 

 

 

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